Commun Biol. 2025 Apr 1; 8(1):507. doi: 10.1038/s42003-025-07869-4. Online ahead of print.
食道がん(ESCC)は、世界で罹患率が7位、死亡率が6位であり、治療後の5年生存率は55~63%程度と、予後不良ながんの一つです。ESCCは扁平上皮がんと腺がんに分類されますが、日本を含む東アジアでは9割以上が扁平上皮がんです。
近年の食道がん治療は、外科的切除に加え、シスプラチンや5-FUを用いた化学療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が一般的に行われています。これにより死亡率は改善傾向にありますが、しばしば治療抵抗性がん細胞クローンの増殖による再発がみられ、再発がんに対する治療効果は限定的です。また、ESCCの外科的切除は、食事や嚥下障害、逆流性食道炎、発音障害、呼吸機能障害など、術後の患者QOL(用語6)を大きく低下させる要因となります。したがって、ESCCの治療抵抗性機構を明らかにし、診断や治療法の開発につなげることが求められています。
近年、患者間の腫瘍性状の違いを再現できる新しいモデルとして、患者由来のがんオルガノイドが確立され、患者ごとの抗がん剤スクリーニングやがんの性状解析に有用であることが示されています(参考文献5)。これまでに、さまざまながん種でオルガノイドが樹立されてきましたが、食道がんオルガノイド(ESCCO)の樹立に関する報告は少なく、詳細な解析も十分に行われていませんでした。
私たちは、ESCC患者40人から、それぞれのESCC組織を再現するESCCオルガノイド(ESCCO)24系統および正常食道オルガノイド(ENO)40系統を樹立することに成功しました(図1)。これらESCCOは、in vitroおよびin vivo異種移植モデル(用語7)(ESCCOを免疫不全マウスに移植して作製)において、原発食道がん組織の性状を正確に再現しました。また、ESCCO24系統のうち、17系統はシスプラチンおよび5-FUによる処理に対して感受性を示し死滅しました(化学療法感受性ESCCO)が、一方で7系統は抵抗性を示し生存しました(化学療法抵抗性ESCCO)。
図1 食道扁平上皮がんオルガノイドライブラリーの確立。(A)食道扁平上皮がん患者腫瘍組織から採取した腫瘍小片から腫瘍細胞を単離し、細胞外基質成分を含むマトリゲルに包埋した後、最適な培地条件下で培養すると、約10日後には、直径100~200マイクロメートル程度の細胞塊(オルガノイド=患者のがんのアバター)へと成長した。(B)この手法を用い、24症例の患者由来の合計24株のオルガノイドを樹立し、食道扁平上皮がんオルガノイド(ESCCO)ライブラリーを構築した。
注目すべき点として、化学療法抵抗性ESCCOは、化学療法感受性ESCCOと比較して、抗酸化ストレス応答に重要なNRF2経路(用語8)が活性化しており、ALDH3A1, SPP1, TXNRD1を含む13種類のNRF2標的遺伝子(用語9)の発現が有意に亢進していました(図2)。
この結果に基づき、通常病理診断に用いられる食道がん患者の腫瘍組織切片を用いて、NRF2標的遺伝子(ALDH3A1, SPP1, TXNRD1)のmRNA発現を検討しました。興味深いことに、化学療法抵抗性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織ではNRF2標的遺伝子の発現が認められたものの、感受性ESCCOと判定された患者の原発腫瘍組織では全く検出されませんでした。これらの結果は、①NRF2標的遺伝子が化学療法抵抗性のバイオマーカーになり得ること、②ESCC患者の腫瘍組織切片でこのバイオマーカー発現を調べることで、化学療法抵抗性を予測できる可能性があることを示唆しています(図2)。
さらに、ESCCOライブラリーを用いて、化学療法抵抗性ESCCOを死滅させる薬剤の探索を行いました。すでに臨床応用されている27種類のキナーゼ阻害剤に対する化学療法抵抗性ESCCOの反応性を評価した結果、JAKキナーゼ特異的阻害剤フェドラチニブが、シスプラチンおよび5-FUよりも効果的に化学療法抵抗性ESCCOを死滅させることが明らかになりました。フェドラチニブは、骨髄線維症や頭頸部扁平上皮がんへの治療効果も報告されており、有望な治療薬候補であることが示唆されました(図2)
図2 食道扁平上皮がんオルガノイドライブラリーを利用した化学療法抵抗性食道がんの解析各オルガノイド株の化学療法剤(シスプラチン、5-FU)に対する反応性を評価するとともに、オミックス解析(遺伝子変異、遺伝子発現、エピゲノム)により分子レベルの特徴を明らかにした。オルガノイド株間の比較解析から、恒常的な抗酸化ストレス応答亢進が、食道がんの化学療法抵抗性の主要なメカニズムであることが示唆され、この結果に基づき、化学療法抵抗性がんを病理組織で識別できるバイオマーカーを同定した。また、化学療法抵抗性オルガノイド株を薬剤スクリーニングモデルとして用い、化学療法抵抗性食道がんの治療候補薬剤としてフェドラチニブを同定した。
私たちは、ESCCオルガノイド(ESCCO)ライブラリーを樹立し、その中から化学療法抵抗性ESCCOを同定しました。化学療法抵抗性ESCCOでは、共通してNRF2標的遺伝子発現が増加していました。しかし、化学療法抵抗性ESCCOの中には、NFE2L2(NRF2をコードする遺伝子名)に変異を持たないものも含まれていました。この結果は、NRF2経路に加えて、他の経路がNRF2標的遺伝子発現を介して、一部のESCCOにおける化学療法抵抗性の誘導に関与している可能性を示唆しています。
私たちのESCCOライブラリーは、ESCCに対する新薬のスクリーニング、特に化学療法抵抗性ESCCを根絶できる候補薬の発見において、強力なツールとなります。また、化学療法の効果を予測できるバイオマーカーの同定にも有用です。私たちは、ESCC患者の原発腫瘍組織切片を用いて、化学療法抵抗性ESCCのバイオマーカーとしてNRF2標的遺伝子(ALDH3A1、SPP1、TXNRD1)を同定することに成功しました。
ESCC患者においては、バイオプシーや外科切除手術時の腫瘍組織切片を用いて、バイオマーカー発現有無を判定することで、有効な治療方針の決定が可能となります。さらに、効果のない化学療法を回避することで、患者のQOL改善につながることが期待されます。また、私たちのESCCオルガノイド(ESCCO)ライブラリーは、化学療法抵抗性ESCCに対する新規創薬標的、バイオマーカー、および創薬スクリーニング・プラットフォームを発見するための重要なリソースとなります。今後、さまざまなESCC患者から前向きにESCCOを樹立し、詳細に分析することで、効果的な個別化医療(用語10)の開発が加速することが期待されます。
用語説明