研究内容Research

2011 Immunity

Immunity. 2011 Feb 25;34(2):247-57. doi: 10.1016/j.immuni.2011.02.002.

【ポイント】

  • 消化管などの粘膜面では、特に感染のない状態でも恒常的に大量のIgAが作られています。このIgAは、無数に存在する常在菌から粘膜を守り、常在菌のバランスを維持することに役立っています。
  • 私たちのグループは、今回新たに、この恒常的なIgA産生の仕組みを突き止めました。具体的には、腸内常在菌からの刺激が起点となり、Ⅰ型インターフェロン(IFN)が産生されて、その刺激を受けた樹状細胞が「粘膜型」に変化します。
  • 「粘膜型」の樹状細胞では、IgAの産生を促すAPRILやBAFFというたんぱく質が多く発現しており、IgAの産生を効率よく誘導することを明らかにしました。
  • これらのたんぱく質やその産生細胞である樹状細胞を標的にすることで、新しいワクチンの開発や自己免疫病の治療に役立つものと期待されます。

【Points】

  • Mucosal surfaces such as the gastrointestinal tract produce large amounts of IgA in the absence of infection. This IgA protects the mucosa from the myriad of commensal bacteria present and helps maintain the balance of commensal bacteria.
  • Our group has newly discovered the mechanism of this constant IgA production. Specifically, stimulation from commensal bacteria in the intestine triggers the production of type I interferon (IFN), which in turn stimulates dendritic cells (DCs) to change into the “mucosal type”.
  • The “mucosal type” DCs express more APRIL and BAFF proteins that promote the production of IgA.
  • Targeting these proteins and “mucosal type” DCs is expected to be useful in the development of new vaccines and the treatment of autoimmune diseases.

【研究の背景】

ウイルスや細菌などの病原体は、呼吸器や消化管などの粘膜を介して感染することが知られています。粘膜面では、病原体の感染に対してIgA抗体が主体となって、病原体である抗原と特異的に結合し、防御応答が誘導されます。IgAは、病原体が粘膜上皮細胞に付着•定着することを阻止したり、病原体から生産される毒素や酵素を中和することによって、感染からの防御に貢献しています。実用化が期待されている粘膜ワクチン注5)は、病原体に対するIgAをいかに効率よく粘膜面で産生できるかが実用化の鍵となっています。一方、粘膜面では特に感染のない状態でも、恒常的に大量のIgAが産生されています。このIgAの役割は、無数に存在する常在菌から粘膜を守りながらそれら常在菌と共生する、さらには病原体に特異的なIgAが誘導されるまでの数日間を補完する上で重要であると考えられていますが、その産生の仕組みはよく分かっていませんでした。

IgAの産生経路は、T細胞注6)が必要なものと不必要なものの2種類に分けられます。特定の病原体に対して産生されるIgAはT細胞が必要な経路を介して産生されるのに対して、恒常的に産生されているIgAはT細胞を必要としない経路を介しても産生されます。後者は、今世紀になって発見された新しい経路で、樹状細胞が重要な役割を担っていると考えられています。腸管粘膜においては、B細胞注7)がパイエル板や腸間膜リンパ節などといった腸管粘膜リンパ組織注8)で分化した後、最終的に腸管粘膜固有層に移行してIgAを産生する形質細胞に分化することが分かっています。また、樹状細胞は腸管粘膜リンパ組織に局在していることも分かっていました(図1)。

しかし、どのようにして恒常的にIgAの産生が誘導されるのか、樹状細胞がどのような役割を果たしているかは不明でした。

図1.腸粘膜IgAの恒常的産生誘導機構と樹状細胞の局在

【研究成果の概要】

樹状細胞は、従来型樹状細胞(cDC)と形質細胞様樹状細胞(pDC)に分類されます。私たちは、cDCとpDCが恒常的なIgAの産生にどのような役割をしているのかを調べる目的で、たくさんのマウスの腸管粘膜リンパ組織からcDCやpDCを採取しました。分化することでIgAを産生するB細胞と、cDCやpDCを一緒に培養した結果、cDCに比べてpDCが強くIgAの産生を誘導することを突き止めました。また、このIgA産生に必要なAPRILやBAFFがpDCで多く発現していることが分かりました。さらに、pDCのIgAを産生する能力は、このAPRILやBAFFによるものであることも証明しました 。

全身で見られる通常のpDCは、APRILやBAFFが多く発現している「粘膜型」のpDCに、どのようにして変化するのでしょうか? 本研究グループは、APRILやBAFFの発現を誘導することが報告されているⅠ型IFNに着目しました。そこでⅠ型IFNの受容体を欠損するマウスの腸管粘膜リンパ組織からpDCを採取して、正常マウスの腸管粘膜リンパ組織から採取したpDCと比較しました。すると、Ⅰ型IFN受容体欠損マウスの腸管粘膜リンパ組織から採取したpDCでは、APRILやBAFFの発現が著しく減少していること(図3A)、また、IgAの産生を誘導する能力が著しく低下しており、さらにこの培養系にAPRILあるいはBAFFを補充することにより、IgAの産生が回復することも分かりました。これらの結果は、正常なマウスの腸管粘膜リンパ組織においてⅠ型IFNが産生され、Ⅰ型IFNはpDCにAPRILやBAFFの産生を促して、pDCを「粘膜型」に変化させていることを示しています。

ここで、正常なマウスの腸管粘膜リンパ組織において、実際にⅠ型IFNを生産している細胞の特定を試みた結果、リンパ組織を取り囲む支持組織のストローマ細胞注9)において、Ⅰ型IFNが恒常的に発現していることが分かりました。また興味深いことに、腸内常在菌の存在しない無菌マウスの腸管粘膜リンパ組織から採取したストローマ細胞では、Ⅰ型IFNの発現が認められませんでした。これらの結果から、腸粘膜リンパ組織において、ストローマ細胞からのⅠ型IFNの産生には腸内常在菌からの恒常的な刺激が必要不可欠であることも分かりました。さらに、ストローマ細胞から産生されるⅠ型IFNがpDCを刺激して、同細胞にAPRILやBAFFの発現が誘導され、その刺激でB細胞が分化した結果、IgAが恒常的に産生されているとも考えられました(図2)。

図2.I型IFNによるpDCへのIgA産生誘導能力の付与

【研究成果の意義】

今回、腸内粘膜でIgAが恒常的に産生されるメカニズムが明らかになり、pDCがIgAの産生を促すAPRILやBAFFの産生細胞として、重要な役割を担うことが分かりました。一方、Ⅰ型IFNやAPRILおよびBAFFの過剰生産は、全身性エリテマトーデス(SLE)やシェーグレン症候群をはじめとする自己免疫疾患や、ある種のがんの病態形成の一因になることも、ヒトやマウスで報告されています。本成果は、腸管免疫系における、APRILやBAFFおよびその産生細胞であるpDCを標的とした、新しいワクチン開発や自己免疫疾患の治療戦略に役立つものと期待されます。