研究内容Research

2020 Blood

Blood. 2020 Sep 3;136(10):1144-1154. doi: 10.1182/blood.2020004923.

【ポイント】

  • 造血系は、血液の源となる造血幹前駆細胞(HSPC)から血液細胞が作られる仕組みです。
  • 感染症や炎症性疾患等の生体ストレス下で、HPSCからの血液細胞の産生変動を正確に捉えることは病態解明や治療戦略に重要です。
  • 従来、Sca-1分子の発現を指標にHSPCを検出しますが、同分子の発現は生体ストレスにより変動するため、HPSCの解析ができないという重大な欠点がありました。
  • 私たちは、生体ストレス下でもHSPCが検出できるマーカーCD86分子を同定しました。CD86を用いた解析により、ストレス耐性赤血球が新生されること、ストレス負荷後もHSPC機能が維持されることを発見しました。
  • 本成果は、造血系疾患病態の正確な把握や治療法への応用が期待されます。

【Points】

  • The hematopoietic system is the mechanism by which blood cells are produced from hematopoietic stem progenitor cells (HSPCs), the source of blood cells.
  • Accurately capturing the fluctuations in blood cell production from HSPCs under stresses such as infection and inflammatory diseases is important for understanding the pathophysiology and therapeutic strategies.
  • Conventionally, HSPCs are detected using the expression of the Sca-1 as an indicator, but the expression of this molecule fluctuates depending on biological stress, which is a serious drawback that prevents HPSC analysis.
  • By analysis using CD86, we have identified the marker CD86, which can detect HSPC under biotic stress, and have found that stress-resistant erythrocytes are neoplastic and that HSPC function is maintained after stress loading.
  • The results are expected to be applied to the accurate understanding of hematopoietic disease pathology and the development of therapeutic methods.

【研究の背景】

赤血球や白血球、血小板などの血液細胞は、それぞれ酸素の運搬、生体防御、止血などの働きを介して生命や恒常性の維持に必須の役割を担っています。造血系は、血液の源となる造血幹前駆細胞(Hematopoietic stem progenitor cell, HSPC)*1から血液細胞が作られる仕組みであり、骨髄で恒常的に維持されています。HSPCから作られる血液細胞の量や種類は、感染症や炎症性疾患、放射線や抗がん剤治療など、さまざまな生体ストレスにより変動することが知られています。また、HSPCによる血液細胞供給の変動や異常血液細胞の供給は、多くの疾患の回復や進展にも大きく影響することから、生体ストレス下での造血応答を正しく解析することで病態の理解や新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

造血系は、血液細胞の供給を介して全身に影響を与える大きな仕組みです。そのため、造血系の研究には実験動物を用いた個体レベルの研究が必要不可欠です。しかしながら、これら動物モデルで造血系の解析に使われている従来の方法は、感染症や炎症といった生体ストレス下では正確な解析ができない致命的な欠陥がありました。定常時、大部分の血液細胞を生み出すポテンシャルをもつHSPCはSca-1*2分子(以下、 Sca-1)を発現しています(図上、HSPC)。一方、少し分化の進んだ、特定の血液細胞のみを生み出す前駆細胞はSca-1を発現していません(図上、造血前駆細胞)。ところが、ストレス環境下でインターフェロン*3が産生されると、インターフェロンの刺激によって後者にもSca-1が発現してしまい、両者の区別がつかなくなってしまいます(図下、従来法)。そこで、私たちのグループは、ストレス存在下でも両者を区別できる、新たな指標を用いた解析法を開発することにしました。

【研究成果の概要】

研究グループは、Sca-1に替わる新たな指標となる分子を探索しました。造血前駆細胞に発現する180個の分子をスクリーニングした結果、CD86*4分子(以下、 CD86)が、定常時、Sca-1と類似の発現パターンを示すことが分かりました(図上)。次に、CD86が感染症や炎症に伴い、定常時に発現していなかった前駆細胞に発現誘導されるか解析しました。その結果、 Sca-1とは対照的に、 CD86は生体ストレス環境で産生されるインターフェロンの影響をほとんど受けないことが判明しました。さらに、CD86を新たな指標にして、生体ストレス下で造血応答を解析した結果、Sca-1を用いた従来の解析法では低下するとされていた赤血球産生が逆に亢進すること、同様に低下するとされていた造血幹前駆細胞の機能が正常に維持されていることが証明されました。

【研究成果の意義】

本研究成果において、研究グループは、Sca-1の発現を指標にした従来法に替わり、生体ストレス存在下でも造血応答解析を可能にする、CD86を用いた新たな解析法を開発しました。今後、これまで従来法で解析・報告されてきた多くの造血研究成果が、CD86を用いた新たな解析法で再検討され、結論の信頼性が確認または見直されることになります。また、従来法では見逃されていた造血現象の解析が可能になることで、生体ストレスに対する造血応答の理解が深化し、造血系疾患病態の正確な把握や治療法への応用が期待されます。