Front Immunol. 2021 Feb 22;12:618081. doi: 10.3389/fimmu.2021.618081.
慢性骨髄単球性白血病(CMML)は、白血球の一種である単球が体内で異常に増加し、血液の正常な産生や機能が妨げられる、予後不良な血液のがんです。CMMLの完治が見込める治療法として造血幹細胞移植が知られていますが、移植前に行う放射線照射や強力な化学療法、さらには移植された造血幹細胞が患者さんの体を攻撃する免疫反応(graft-versus-host disease, GVHD)が患者さんの大きな身体的負担となります。加えて、CMMLは高齢者での発症が多く、移植前治療やGVHDに耐えられないため、造血幹細胞移植の適用とならないケースが多く存在します。このようなケースでは、白血病細胞を減らし、病気の進行を遅らせる治療が行われています。しかしながら、既存の治療薬が効かない患者さんがいることや、副作用によって白血病細胞だけでなく、正常な血液細胞もダメージを受けてしまうことが深刻な問題となっています。
単球は血液中から腫瘍内に浸潤して腫瘍関連マクロファージ(Tumor-associated macrophage, TAM)へ分化します(図1)。TAMは、がん細胞の増殖や浸潤を促し、免疫細胞の機能を抑制するため、TAMを標的としたがん治療法の開発が世界中で行われています。しかしながら、TAMの多様性と優れた薬剤分解能のため、TAMを確実に除去することが困難な問題点が指摘されていました。私たちの研究グループは、ヒト単球の源となる共通単球前駆細胞(common monocyte progenitor, cMoP)の同定に成功してきました(Immunity 2017)。cMoPは多数の単球を産み出すことができますが、単球以外の血液細胞へは分化しません(図1)。そのため、cMoPを選択的に除去することができれば、他の血液細胞に副作用を与えることなく、CMMLや固形癌の新規治療法に繋がるのではないかと考えました。
研究グループは、ヒトcMoPに発現する300種類以上の細胞表面分子のスクリーニングを行い、CD64分子がcMoPや単球系列細胞に特異的に発現していることを見い出しました。そこで、CD64を発現する増殖性の細胞を選択的に攻撃するように設計したADC(以下CD64-ADC)を協和キリン株式会社と共同で作製しました(図2)。実際に、ヒト化マウスにCD64-ADCを投与したところ、cMoPを含む単球系列の細胞を劇的に減少させましたが、他の造血・血球細胞の数は正常に維持されていました。これは、この薬剤の単球系列細胞への優れた作用と、単球系列以外の造血・血球細胞への極めて低い副作用を示唆しています。次に、CMML患者さんから得られた骨髄白血病細胞を移植して作製したCMMLモデルマウスにCD64-ADCを投与したところ、白血病単球が劇的に減少しました。その一方で、単球以外の正常な血液細胞は維持されており、副作用の少ないCMML治療法に繋がる可能性が示唆されました。さらに、ヒトの固形癌細胞株をヒト化マウスに移植して作製したヒト固形癌モデルマウスを用いて、CD64-ADCの効果を検討しました。CD64-ADC投与後、TAMがほぼ完全に除去され、その結果、固形癌の増殖が有意に抑制されました。TAM自体ではなく、TAMや単球の供給源であるcMoPを標的とすることで、TAMの薬剤分解能や多様性に影響されることなく、TAMを除去する治療法に繋がることが期待されます(図1)。
これまで特定の成熟血液細胞を標的とした疾患治療法の研究は多く存在しますが、特定の血液細胞を生み出す造血前駆細胞を標的とした治療法はほとんど研究されていませんでした。1つの造血前駆細胞からは多種類かつ多数の血球細胞が供給されるため、造血前駆細胞を治療標的とすることは効率的な血液細胞の除去に繋がりますが、一方で、大きな副作用を招く恐れがあります(図3)。本研究では、研究グループが過去に報告した、単球のみに分化するcMoPを標的にしたCD64-ADCを開発することで、単球系列細胞の選択的な除去を実現するとともに、他の血球系列細胞へ副作用をほとんど示さない方法を確立しました(図3)。そして、CD64-ADCが、CMMLや固形癌の有望な治療薬となることを実験的に証明しました。単球や単球由来マクロファージは、炎症性腸疾患や関節リウマチ等の炎症性疾患、骨髄や肺の線維化等にも関与することから、本研究で確立した治療戦略は、広い疾患適応と高い発展性を有しています。