Immunity. 2013 Sep 19;39(3):584-98. doi: 10.1016/j.immuni.2013.06.019.
免疫反応は、病原体を排除することで宿主を防衛すると同時に組織を傷害する、いわば“諸刃の剣”です。感染や炎症が起こるとDCは、Toll様受容体(TLR)をはじめとするセンサーで病原体の特徴を認識し、獲得免疫系を活性化して病原体を排除します。しかしながら、活性化された免疫反応、特にサイトカイン、化学伝達物質、ウィルスを排除するキラーT細胞(CTL)などは、病原体の排除に役立つと同時に組織を傷害します。従って、免疫反応には、病原体排除と組織傷害のバランスを調節・維持するための仕組みが必要になります。激しい免疫反応ほど、そのバランスを適度に調節する仕組みの重要性が増すことになります。しかし、激しい免疫反応時のバランス調節機構に関してはよくわかっていませんでした。
激しい炎症時には、貪食細胞による血球細胞の貪食が起こり、さらにいくつかの診断基準を満たす場合をヒト血球貪食症候群(HPS: Hemophagocytic Syndrome)と言いますが、その仕組みは不明でした。先天的な原因で発症する一次性HPSはCTLなどの遺伝子に異常があり、過剰に活性化した貪食細胞を死滅させることができずに血球細胞が貪食されると考えられていましたが、貪食細胞がなぜ血球細胞の貪食に至るのかなど、詳しい仕組みはわかっていませんでした。また、二次性HPSは原因が多様であるため、一次性HPSと同様な仕組みで血球細胞の貪食が起こっているのかも不明です。HPSは適切な治療が施されないと死に至ることもあることから、その仕組みの解明と早期診断技術の確立が待たれていました。
研究グループは、炎症時の血球細胞の貪食の仕組みを明らかにするために、代表的なTLRが認識するリガンドであるCpG(微生物に多くみられるDNA配列)あるいはpoly I:C(ウイルスの構成成分に類似の合成RNA)を高濃度で野生型マウスに投与して免疫反応を活性化させました。その結果、骨髄、脾臓、末梢血などで“血球貪食”現象が観察されました(図1左)。貪食される細胞は主に未熟な有核赤血球でしたが、脱核した成熟赤血球も混在していました。また、貪食細胞が単球由来DCであることもわかりました。ヒトでは、EBウィルス、サイトメガロウィルス、HIVなどの慢性感染症でHPSが観察されます。そこで、マウスに慢性感染するリンパ球性脈絡髄膜炎ウィルスクローン13株(LCMV C13:Lymphocytic Choriomeningitis Virus Clone 13)を感染させたところ、“血球貪食”が効率よく誘導されました(図1右)。これらのマウス血球貪食症候群モデルを用いて、“血球貪食”機構の詳細を調べたところ、高濃度TLRリガンドあるいはLCMV C13によって赤血球系細胞にアポトーシス注9)が起こり、フォスファチジルセリン(PS)が膜表面に露出して、単球由来DC上のPS受容体に結合し、貪食されていました。
興味深いことに、単球由来DCは血球を貪食すると、血清中にIL-10やTGF-といった免疫抑制性サイトカインを産生しました(図2)。この血球貪食によって産生するIL-10の免疫学的意義を明らかにするために、単球由来DCがIL-10を産生できないマウスを用いてその血球貪食について解析しました。同マウスにLCMV C13を感染させたところ、ウィルスを排除するCTLが誘導され、LCMV C13の排除が亢進しましたが、一方、CTLによって肝傷害が重症化して半数以上のマウスが死亡しました(図3)。このことから、血球貪食現象はIL-10の産生を介して過剰な免疫応答を抑制していること、特に重篤な感染症において個体の死を回避する免疫寛容システムとして非常に重要であることが明らかになりました(図4)。
今回、二次性HPSなどで観察される“血球貪食”は、貪食細胞が異常をきたして血球細胞を貪食しているのではなく、感染などによりアポトーシスを起こした赤血球系細胞などを単球由来DCをはじめとする貪食細胞によって貪食される現象であることがわかりました。また、単球由来DCは血球貪食によって免疫応答を抑制させるサイトカインを産生させ、過剰な免疫反応を抑えることで個体を死から守っていることがわかりました。これまで“血球貪食”は、HPSや他の激しい炎症状態の1指標とされてきましたが、本研究成果は、“血球貪食”が炎症抑制反応のバイオマーカーになり得る可能性を提示しています。また、“血球貪食”は激しい炎症状態を抑えることで自らの死を防ぐ代わりに病原体の排除を見送る、宿主〜病原体間の共生戦略ととらえることもできます。
本研究成果は、慢性感染成立における新たな生物学的視点を提供するものです。また、免疫細胞の暴走など過剰な免疫反応を伴う感染症・自己免疫病に対する新たな診断法・治療法の開発が期待できるものです。
図1 単球由来DCによる血球貪食
野生型マウスにCpG(200 μg)あるいはLCMV C13(2 x 106 pfu)投与後、骨髄から血球貪食している単球を精製してDiff-Quick染色した。表面に接着している、あるいは細胞内に取り込まれている赤血球系細胞が観察される。
図2 血球貪食に依存したIL-10, TGF-b1の産生
野生型マウスにLCMV C13(2 x 106 pfu)を感染させるとIL-10やTGF-b1が産生されるが、PS受容体に対する抗体を投与して血球貪食を抑制すると、それらサイトカインの再生が有意に低下した。
図3 血球貪食による過剰な免疫反応の抑制
AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、GOTともいう)およびALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ、GPTともいう)は肝細胞の障害の指標。血球貪食したDCからIL-10が産生されないマウス(CKO)では、LCMV C13感染後の肝組織傷害と個体の死亡率が亢進した。
図4 血球貪食メカニズムのまとめ
高濃度のTLRリガンドや重篤なウィルス感染により赤血球系細胞上にフォスファティジルセリン(PS)が発現し、これが単球由来DCに認識されて血球貪食が誘導される。その結果、単球由来DCからIL-10が産生されて過剰な免疫応答が抑制される。